【カーボンクレジット】日本のJ-クレジット制度と市場規模、ブロックチェーンを活用するメリットと問題点
本記事では、日本のカーボンクレジット認証制度 J-クレジットと市場規模、カーボンクレジットにブロックチェーン活用するメリットと問題点について書いていきます。ブロックチェーンとカーボンクレジットを組み合わせた新規事業を考える際、是非本記事を参考にしていただければ幸いです。
1. カーボンクレジットについて
(1)カーボンクレジットとは何か
カーボンクレジットは、温室効果ガス(GHG)排出枠・排出削減量を、一定のルールを元に値設定し、取引可能にしたものです。温室効果ガス(GHG)排出量と、削減・吸収量を相殺(カーボンオフセット)させることをカーボンニュートラルといいます。このカーボンニュートラルを、達成するための経済的手段として、カーボンクレジットが存在します。現在、世界全体でカーボンニュートラルの達成を目指す流れがあるため、残余排出量(企業が省エネや再エネ活用などで排出量を削減しても削減しきれない部分)を相殺する手段として、カーボンクレジットが注目されています。
(2)カーボンクレジットの取引制度
カーボンクレジットの取引制度は、主に「ベースライン&クレジット」と「キャップ&トレード」の2つが存在します。
ベースライン&クレジットは、排出削減量取引の仕組みであり、古いボイラーの更新や太陽光発電の導入、森林管理プロジェクトなどが含まれます。これは、プロジェクトが実施されなかった場合の想定される排出量(ベースライン)と実際の排出量の差をクレジット・排出削減量として認めるものです。
キャップ&トレードは排出枠を取引する制度であり、あらかじめ設定された温室効果ガス排出の上限(キャップ)がある場合、割り当てられた上限(キャップ)を下回った事業者は、余剰排出枠を売却可能という仕組みです。欧州や米国カリフォルニア州、中国、東京都・埼玉県などで導入されています。
(3)カーボンクレジットの種類
カーボンクレジットには、国連主導のカーボンクレジット、二国間交渉で進められるカーボンクレジット、国・地域政府主導のカーボンクレジット、民間主導のカーボンクレジットなどの種類が存在します。
国連主導のカーボンクレジットには、CDM(Clean Development Mechanism、クリーン開発メカニズム)があります。
CDMは国連が主導するカーボンクレジットで、京都議定書で規定されています。先進国と途上国共同の温室効果ガス排出量削減プロジェクトを途上国で実施する際、先進国が資金や技術を投資し、削減された排出量を先進国が取得する仕組みです。CDMは国際連合気候変動枠組条約(UNFCCC)で合意した、先進国主導の温室効果ガス排出量削減の考えを元にしているため、途上国に削減目標は課されません。
二国間交渉で進められるカーボンクレジットには、JCM(Joint Crediting Mechanism、二国間クレジット)があります。JCMは二国間クレジットであり、パートナーとなる途上国に対して脱炭素技術やインフラの普及等を通じて排出量削減を支援する仕組みです。
国・地域政府主導のカーボンクレジットには、J-クレジットと地域版J-クレジットがあります。
J-クレジットはベースライン&クレジット制度で、省エネや再エネ設備の導入などによる排出削減量を認証し、購入者は自社の削減目標に充当できます。地域版J-クレジットは地方公共団体が運営し、森林管理や木質バイオマス利用によるCO2削減を認証しています。
民間主導のカーボンクレジットはボランタリークレジットと呼ばれ、Verified Carbon Standard(VCS)やGold Standard(GS)が有名です。これらは民間企業や環境NGOが主導し、森林や土地利用に関するプロジェクトなどで排出削減を実現しています。近年、政策的な制約がなく使い勝手の良いボランタリー・クレジットの活用に注目が集まっている状況です。
(4)Jクレジットの日本における市場規模
J-クレジット制度とは、環境省、経済産業省、農林水産省が運営するベースライン&クレジット制度であり、省エネ・再エネ設備の導入や森林管理等による温室効果ガスの排出削減・吸収量をJ-クレジットとして認証しています。
東証が公表している資料によると、売買が開始された2023年10月11日から2024年3月末までの総取引量(累計売買高)は約 21 万 t-CO2、総額 5.4 億円であった。クレジット別に見ると、売買高が多いのが、再生可能エネルギー(電力)の 13.9 万 t-CO2(全体の約 65%)及び省エネルギーの 7.4 万 t-CO2(約 35%)で、これら 2 種類で売買高の 99.9%を占める。
東証カーボン・クレジット市場の動向と今後の市場活性化に向けた課題
(5)カーボンクレジットの課題やデメリット
①クレジット制度が複雑で、認知が広まっていない
現在、多くのカーボンクレジット制度が国内外で設立されていますが、運用ルールや申請方法が複雑で分かりにくいという問題があります。日本取引所グループが公開している情報によると、カーボン・クレジット市場参加者としての登録している事業者は、2024年6月12日時点で282社しかありません。このように、制度の複雑さによって、認知の拡大が阻害されている現状があります。
②クレジットの透明性が担保されておらず、信頼性の判断が難しい
過去に、温室効果ガス(GHG)排出量を削減するどころか、より多く排出しているカーボンクレジットがあり、問題になりました。この問題は、温室効果ガス(GHG)排出削減量の計算方法に不備があったことに起因しています。そもそもカーボンクレジットの認証は、各認証機関によって基準が異なる為、信頼性の判断が難しいという課題もあります。クレジット発行や品質評価のルールの整備、排出削減プロジェクトを継続的にモニタリングする仕組みの構築などが求められます。
③グリーンウォッシュを防ぐのが難しい
グリーンウォッシュとは、企業やブランドが実際には環境に十分配慮していないにもかかわらず、マーケティングや広告を通じて「エコ」や「環境にやさしい」といった誤解を招く印象を与える行為を指します。自社の温室効果ガス(GHG)排出量削減努力が不十分なまま、カーボンクレジットを購入・オフセットすることで環境責任を果たしているように見せることは、「グリーンウォッシュ」に該当します。カーボンクレジットに過度に依存せず、カーボンクレジットはあくまでも脱炭素への取り組みを、補完する役割であると認識することが大切です。
④同一の排出削減量が使いまわされるダブルカウント、トリプルカウントの懸念がある
カーボンクレジットを製造するA社、流通・販売するB社、使用するC社が存在すると仮定します。A社が300kgの温室効果ガス(GHG)排出量削減によって製造したクレジットを、B社を通してC社に販売した場合、実際には300kgの排出量削減効果しか発生しません。しかしながら、A・B・C社がそれぞれ300kgの排出量削減に貢献したと宣伝する場合、社会全体で300×3=900kgの排出量削減が実行されたように見える可能性があります。このような多重カウントをダブルカウント、トリプルカウントと言います。ダブルカウント、トリプルカウントを防ぐための施策は、国際的にも議論されており、トレーサビリティが担保されているブロックチェーンでのトークン発行なども考案されています。
⑤取引単位が大きい為、個人単位などの小口取引が活発ではない
現状のカーボンクレジット市場は、主に企業間の取引が中心で、個人がカーボンクレジットを保有している例は少数です。個人向けのカーボンクレジット販売・買取ECサイト「脱炭素貨値両替所」では、2022年11月21日〜2024年1月8日間に個人11名の購入があったと公表していますが、まだまだ普及には至っていません。
2.ブロックチェーンについて
(1)ブロックチェーンとは何か
ブロックチェーンとは、分散型デジタル台帳技術の一種で、データを改ざん不可能な形で記録・管理するシステムです。ブロックチェーンは取引情報を「ブロック」と呼ばれる単位でまとめ、それを時系列に沿って連結した「チェーン」にすることでデータの一貫性と透明性を保ちます。
(2)ブロックチェーンの基本的な特徴
①非中央集権
ブロックチェーンは中央の管理者が存在せず、ネットワーク上の複数のノード(参加者)がデータを共有・管理します。
②改ざん耐性
ブロックチェーンは既存のデータベースやファイルシステムのような権限設定がないため、構造的に書き換えが不可能です。秘密鍵の保有者のみがブロックチェーンに記帳できます。
③透明性
取引(トランザクション)の繋がりをブロックに格納し、チェーンとして記帳するため、全ての取引(トランザクション)を追跡できます。そのため、トレーサビリティを担保とした、高い信頼・透明性があります。
(3)NFTとは何か
NFTは非代替性トークンと呼ばれ、ブロックチェーンに格納するデータ(画像、文字、音声など)と送信先アドレス、送付アドレスなどの情報を改竄困難な形で書き込むことで、デジタルデータの実質的な所有概念を構築できるものです。カーボンクレジットはデジタルデータなので、NFTとしてブロックチェーン上に発行することが可能です。
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3. カーボンクレジットにブロックチェーンを活用するメリット
(1)トレーサビリティを担保とした、信頼性・透明性の向上
トレーサビリティ(Traceability、追跡可能性)とは、追跡を意味する「トレース(Trace)」と能力を意味する「アビリティ(Ability)」を組み合わせた造語で、商品が生産されてから消費者の手元に届くまでの間に、その商品が「いつ、どのような状態にあったか」を把握できる状態を指します。ブロックチェーンは全ての取引の追跡が可能なので、カーボンクレジットの発行主体や温室効果ガス(GHG)排出量削減情報といったデータ内容や、記帳のタイミングを工夫することで、既存のカーボンクレジットより信頼性・透明性の高いカーボンクレジットを発行できます。
(2)スマートコントラクトによる、取引における中間者の排除
ブロックチェーン上で使用されるスマートコントラクトは、契約条件を満たすと取引を自動的に実行するプログラムです。スマートコントラクトを活用することで、排出削減量や金額の条件、クレジットの所有権移転手続きを自動化・効率化します。従来は仲介業者などの第三者が必要でしたが、スマートコントラクトによって不要になります。
(3)カーボンクレジットのトークン化による流動性の向上
カーボンクレジットに紐づくトークン・NFTをブロックチェーン上に発行することによって、取引単位を小口化させて、より多くの企業や個人が売買に参加しやすくさせることが可能です。また、ToucanとかKlimaDAOのように、様々なプロジェクトから組成されたカーボンクレジットのプールを裏付けにすることで、個別プロジェクトに単体には紐づかない分散投資が可能になります。すなわち、カーボンクレジットを購入する際の個別プロジェクトの選定の手間や、特定のプロジェクトへの依存リスクが減り、結果として流動性の向上に繋がります。
4. カーボンクレジットのブロックチェーン活用事例
(1)Nori
2017年に設立されたNoriは、カーボン除去の成果モニタリングから第三者による審査・取引や証明書の発行までを担う、一気通貫のプラットフォームです。過剰なCO2を除去するために、将来の排出量削減ではなく、過去の排出量削減を価値とするNori Carbon Removal Tonnes (NRTs)を発行します。対象分野としては、大気中のCO2除去のみを扱っている。
ACX (Air Carbon Exchange)は、主に航空会社を対象としたクレジット市場を提供しています。価格の透明性とリアルタイム性を確保するためにAir Carbon Tokenを活用しています。対象分野としては、国連主導のカーボンクレジットのCDM(Clean Development Mechanism)、CERs(Certified Emission Reductions)や、民間主導のボランタリークレジットのVCS(Verified Carbon Standard)やGS(Gold Standard)が認証したカーボンクレジットになります。
(3)UPA(Universal Protocol Alliance)
UPA(Universal Protocol Alliance)は、UPCO2(Universal Carbon)という世界初の商業化された環境価値取引トークンを発行しています。トークン化により、グローバルな価格基準を確立し、誰でもアクセスできる市場の構築を目指しています。
5. カーボンクレジットのブロックチェーン活用した際の問題点
(1)リタイア(償却)済みカーボンクレジットの流通による多重カウント
リタイア(償却)済みカーボンクレジットのトークンが流通することによって、実際には存在しない環境貢献が行われたと誤認する多重カウントのリスクが生じます。2022年、ボランタリークレジットの最大手であるVerified Carbon Standard(VCS)とGold Standard(GS)が、リタイア(償却)済みカーボンクレジットの規制を発表した。そのため、今後はリタイア(償却)済みカーボンクレジットの流通は減少する可能性が高い。
また、多重カウントを防ぐ方法として、トークンとレジストリ(クレジットを管理する電子システム上の「口座」)を同期し、トークン焼却(Barn)とクレジットのリタイア(償却)を同じタイミングで行う方法についても議論されている。
(2)カーボンクレジットのプール化による品質低下
様々なプロジェクトから組成されたカーボンクレジットのプールを裏付けにすることで、手間と依存リスクを抑えた分散投資が可能になる一方、個別のプロジェクトが見えづらくなるので、質の低いカーボンクレジットが紛れ込んでしまうリスクがあります。実際、KlimaDAOのプールに低品質のカーボンクレジットが紛れ込んでいたケースがありました。このカーボンクレジット自体は、信頼性の高いVerified Carbon Standard(VCS)で認証されたものでした。KlimaDAOは、自己資金を投入して低品質なカーボンクレジットを焼却し、プールを正常化させました。
6.日本におけるカーボンクレジットとブロックチェーン
『気候変動×デジタル』プロジェクト~デジタル化によるJ-クレジット制度の抜本拡充策~
環境庁が一般公開している資料から分かる通り、日本政府が主導しているJ-クレジット制度に関しても、ブロックチェーンを活用するメリットがあると認識しています。また、後述する日本企業も、ブロックチェーンを活用したカーボンクレジットの実証実験を進めています。
(1)伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(CTC)
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(CTC)は、新潟大学と共同で、新潟市で農地における温室効果ガス(GHG)の放出量の正確な測定とデータの可視化に関する実証実験を開始しました。この実験では、将来的なカーボン・クレジット取引を目指し、GHG放出量の削減に貢献した生産者の活動実績をNFT化することも進めています。
カーボンニュートラルの実現に向けた施策として、農地での二酸化炭素(CO2)排出を抑える「炭素貯留」の取り組みが注目されています。GHG放出量や削減量を売買する「カーボン・クレジット」が新たな収入源として期待され、精度の高い測定とデータの信頼性が求められています。
(2)SOMPO Light Vortex株式会社
SOMPO Light Vortex株式会社と株式会社Gincoは、脱炭素社会の実現を目指し、カーボンクレジットのWeb3基盤とDAO型ガバナンスモデルを導入する実証実験を国内で初めて実施します。実験では、パブリックブロックチェーンを用いてカーボンクレジットの創出と流通・取引を検証し、Ethereumブロックチェーン上でNFTを発行します。これにより、取引の透明性と永続性を確保します。Gincoが共同実施し、スマートグリーンエネルギー株式会社もデータ提供に協力します。目的は、環境価値を生み出す企業と環境課題解決に取り組む企業を結びつけ、脱炭素社会の実現を促進することです。
7.まとめ
カーボンクレジットはブロックチェーン・NFTを活用する利点が明確に存在する分野のため、カーボンクレジットの普及と共に実証実験やユースケースが増えていく領域になります。実際にブロックチェーン・NFTを活用したカーボンクレジットを実装する際は、ブロックチェーン・NFTに対する正しい理解が必要です。
また、日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すと宣言しました。国や世界レベルで取り組まないといけない問題なので、今後とも、ブロックチェーン・NFTを活用したカーボンクレジットに注視していきたいと思います。
執筆者:こにちゃん
もし、今回の記事でカーボンクレジット×ブロックチェーン・NFTについて気になった事業者様は是非一度お問い合わせください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。